26人は長旅の疲れの中、

最もつらく厳しい時があった。それは、彼杵に向かう途中の俵坂峠を行く道でした。

ほとんど人とすれ違うこともないため、ずっと説教しつつ歩いてきたパウロ三木も誰も福音を語れず。

登り坂を黙々と歩いた。殉教の旅の中最も厳しい時でした。

しかし、山を越え、峠にたどり着いた時、目の前に大村湾の景色が見えて彼らは思ったのです。

地上でさえこの様に苦しい峠の後こんなに美しい景色があるなら、まして、殉教の旅の後、天に帰る時私達を待っている風景はどれほど素晴らしいだろうか。

さらに主への喜びと賛美が湧き上がってゆきました。

そして、峠を下り、26人達一行は彼杵の港に着き、そこから舟で時津へと運ばれてゆくのでした。