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名前も知られずに

名前も知られない方々も多く主を選んで殉教していきました。

堅く信仰を守りました。

雲仙で信仰を捨てさせるためにキリシタンにされたひどい拷問についても触れておられます。

イザヤ木原さんは、殉教の歴史を調べて行く中で、なぜ殉教者の方々は信仰を守り通せたか。その信仰について祈り主に聞いてみたそうです。

その祈りのこたえ、主からの語りかけは、

「それは家族である」でした。

家族とは

①肉の家族

②教会という家族。

家族にある信仰の継承である、と。

俵坂峠

26人は長旅の疲れの中、

最もつらく厳しい時があった。それは、彼杵に向かう途中の俵坂峠を行く道でした。

ほとんど人とすれ違うこともないため、ずっと説教しつつ歩いてきたパウロ三木も誰も福音を語れず。

登り坂を黙々と歩いた。殉教の旅の中最も厳しい時でした。

しかし、山を越え、峠にたどり着いた時、目の前に大村湾の景色が見えて彼らは思ったのです。

地上でさえこの様に苦しい峠の後こんなに美しい景色があるなら、まして、殉教の旅の後、天に帰る時私達を待っている風景はどれほど素晴らしいだろうか。

さらに主への喜びと賛美が湧き上がってゆきました。

そして、峠を下り、26人達一行は彼杵の港に着き、そこから舟で時津へと運ばれてゆくのでした。

神様にある記録の重要性

さらに、

ルイスフロイスさんについて、

殉教者たちについての証、記録を書いて残している。

今現時代には、ルイスフロイスの書いたものが、本として出されている。

記録する者、証を残すこと。宣教の上で重要な役割がある。

今の時代の記録の方法、インターネットを用い、映像動画にして証や記録を流す等。

トマス小崎少年

彼は父ミカエル小崎と共に西坂で十字架にかけられました。

三原城の牢獄で、15歳の少年トマス小崎がみはりの目を盗みながら、母に手紙を書いています。

最後まで主を信じ続け信仰を守ってくださいということを伝えようとします。しかし、実際には、その手紙は、母親に届けることはできず、同じく西坂で殉教した父ミカエル小崎の懐から発見されました。

残る母、弟達を神様をゆだねて主を選んでいった少年。

殉教者たち皆に、共通しているのは、自分の事よりも残るまだ救われていない方々や家族を気にかけていたこと。

今、感じますのは、

トマス小崎は、涙ながらに母に手紙を書いたのではなく、主に信頼し期待して書いていたのでは?という事です。

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